neji

生存報告

4.16.2009

学生から来たメール

sensei sometimes someone joke with me and say ‘hey man what u do to study japanese’they want to say it is just time pass without nothing..but that time i am not able to give any reasonable answer to them,but 1 day i want give them a reasonable ans.

訳)
 先生、時々友達から「日本語勉強してどうすんの」といわれるんです。彼らはボクが、「ただの暇つぶしで、趣味みたいもんだよ」というとでも思ってるんだろう。 でもボクはその質問に対して、何も答えられませんでした。
でもいつか、彼らにいえるような答えを見つけたいです。

バングラデシュでの講師生活で、ボクが一番アタマを悩ましたこともまさしくそれなんです。


 Jobsみたいにうまくいかなくても、日本語を勉強したことが、なにかしらエッセンスになったり、人生に厚みをもたせてくれたらいいとは思う。
でもそんなことわからないし、きれい事だとも思う。
経済的に貧しいこの国で学問が意味することは、「趣味は語学です」などということがまかりとおる日本とは似つかわしいものがある。日本語を勉強して日本にいけるのなら、学生は勉強するだろう。でも、大学で日本語を勉強しても、私がダッカにいるときはほとんどの学生が日本へ行くことができなかった。
ちなみにここバングラデシュのダッカ大学で日本語を勉強する学生の9割5分は「日本に留学したい」という理由からだ。そしてその中の9割5分の学生は4年間あるコースを修了することはなく、日本にも行けずにやめていく。勉強しても日本に行くことができないという大きな理由のためだ。
 現時点では、ユニクロの進出を皮切りに、日本の企業、特に繊維産業に熱いまなざしを受けているバングラデシュ。おそらく数年後には建国以来初めての「日本語需要」といものがこの国で発生するのではなかろうか。しかし私が過ごしたバングラデシュ生活にはそんなものはなく、学生たちも先生たちも目標もなくダラダラと日本語を教えていた。その状況をどうにかしようとおもい、どうにかできなくて、結局同じようにダラダラと日本語を教えてしまったというバングラデシュの二年間だった。
 経験のある先生から学ぶことはなかったので、からないこと、できなかったことが今でも山積みです。逆に、自由にやらせてもらった分、自分なりの授業スタイルを貫き通し、授業の中で好きなだけやることができ、たくさん学生と交わることができたことが一番良かった。学生の日本語能力はほとんど伸びなかったけど、授業準備の甲斐あって、楽しんでコトバを学んでいた。これからもその学生たちの中の9割以上は日本語を使うことはない。そんな彼らにとってはたして日本語を学んだことはどうこれからの人生に生きるのか。変な東洋人と交わって生まれた何かは、彼らの人生を果たして豊かにするのだろうか。まぁ、しないんだろう。
でも少しはしてほしいと思う。

 という希望も込めて、
学生にはかの有名なSteve Jobsのスピーチを引用して送っておきましたよ。
connecting the dots, believe yourself

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