neji
生存報告
12.26.2007
ガロでクリスマス
ガロ。バングラデシュに住む少数民族。
母系社会制を持ち、モンゴロイドでキリスト教徒。
イスラム教のお祭り「イード」が全盛のバングラデシュで、クリスマスに「メリークリスマス」と言ってクリスマスを祝っちゃったりするそんなステキな人々に会いに、ガロの住む地域へ2泊3日の小旅行に行ってきた。
サヨナラ イスラムということはコンニチハ アルコール。
コメから作ったあんまりおいしくないお酒を朝から飲まされ、クリスマスの朝からだらしない顔で笑う日本人6人。
夜になってからは焚き火を囲み第2ラウンドのスタート。わけのわからない歌を熱唱し、日本のお酒でガロのオッサン数人をノックアウトし、フラフラとイスから転げ落ちるオッサンに笑い転げ、空手隊員からみんなで空手を習い、おっぱじまるケンカをも無視して笑い、最後に日本人でトランプをして寝る、わけが分からないほど楽しい夜を過ごした。バングラに来て一番笑った夜だった。
ちなみに彼らの話すマンディー語は文字がないコトバ。
初めて生で聞いた「モジのないコトバ」は、ngの音がたくさんあるベンガル語とは全く違うコトバだった。シナ・チベット語族の一つらしい、ということはたぶんチベットとかミャンマーのコトバとにているんだろう。
ぜひこれからもそのコトバをなくさないでほしいけど、バングラデシュにいる以上、村を出ればベンガル語を使わなければならない。教育を受けるのも、仕事をするにもベンガル語だ。さらに文字もないとなると、残念ながらかれらの文化や言語は世代を経るごとにだんだん失われていってしまうかもしれない。
12.21.2007
ウシのカレ
そこら中で血を流した牛がクビを切られて横たわってる。
今日はイード祭り、イスラム教の犠牲祭。
昨日までアパートの下にいた牛のカレも、山羊のアイツも犠牲になり、我の血となり肉となります。
血があふれ出す瞬間、イノチがなくなる瞬間、これ死ぬまでは忘れない、アルツハイマーにならないかぎり。ウシさんからヤキニクになるまでの、真ん中のよく見えなかった部分はこういう風に存在していたのか。クビを切って → 皮はいで → 内臓とって → 肉切り取って → 小分けにして、で結局全部で3-4時間かかる。
ウシの三分の一は貧しい人たちに、三分の一は親類、知り合いに、三分の一は自分の家族で食べる。そんなこんなで大家からウシのお肉を大量にもらった。そして友達と、そのウシのカレのお肉を他人丼にして頂いた。
小学校二年生の時、高田先生にならった「いただきます、は動物や野菜に感謝すること」
先生、分かるまで20年ぐらいかかってしまいましたよ。
人生の中でも3本の指に入る、渾身の「いただきます」
ありがたや、ありがたや
12.11.2007
カメラ返せ

お金とカメラが盗まれた。
大学の控え室、カギをかけてオチャのみにいって帰ってきたら、財布が薄い、カメラがない!
うぷす、どうやら空き巣にパコッとやられてしもうたみたいです。
財布の中は500タカ札がきれいさっぱりなくなって、残りは250タカだけに。
残りの9000タカ(18,000円ぐらい)はいずこやら。
カメラに残った思い出の写真もカメラと一緒に新たな持ち主の元へ行ってしまいました。充電できなくなって使えなくなったらお金あげるし返してくれへんかな。
今年最後の授業の前にこんな事になってしまい、学生達に心配されてしまった。
「せんせい、お金がなくなったんなら帰りのバス代貸してあげようか」なんてことも言われたりしたけど、犯人が残していってくれた財布の中のはした金を使って帰宅。
学生にお金を借りる最悪なパターンは回避できた。
それができたのも250タカを残しておいてくれた彼のおかげ。
ささやかな犯人の思いやりに感謝。ウソやけど。
カメラ返せ。



