neji

生存報告

1.27.2007

The Worst Transportation


Dhaka Heavy Traffic
Originally uploaded by azkin
噂では世界最悪の交通事情(JICA交通安全の人曰く)のバングラデシュ、ダッカ。
日本語教師隊員、未だ事故には遭わずなんとか生き延びてます。

 渋滞の中、われ先にと駆け抜けるバス、CNG(トゥクトゥクみたいなん)、リキシャ(人力車)の運転手。通勤に使える電車がないので、毎朝ひどい渋滞に巻き込まれる。
その中でも運転手はスペースを見つければどんどん突っ込んでいく。車間距離は横も縦もいつも数センチ。天然ガスを燃料にする車が増えたせいか、前よりは空気はいいらしいが、一日の終わりには鼻の中が真っ黒に。友達はは鼻の中までクレンジングしてた。
空気が悪いと体も心配になるけど、幸運なことに今のところ鼻毛が異常なスピードで伸び始めている以外は異常はありません。

バス以外の交通機関を使うときはダマダミ(値段交渉)をしなければいけない。

Bus next to CNG
Originally uploaded by azkin.


外国人と見るや倍ぐらいの値段で毎回ふっかけてくる。
くやしいかな例に違わずあんまり言葉の話せない日本人(26歳)は毎回カモられています。ちなみに、リキシャは日本の人力車からきてるらしい。意外なところで日本の借用語が日常に根付いている。
やつらのバックはそれぞれ違う絵が描いてあって、どこかの雑誌には「リキシャアートとして注目を集めている」って書いてあったけど、どこで注目を集めているのかは知らない。

この気の抜けたデザインと色遣い。
これがバングラセンス。

1.24.2007

洗礼

もうその最中はバングラ大っキライになって、日本ってサイコーだなとずっと考えてた。
軽くバングラの洗礼を受けたんだなと今になって思う。

語学学校が始まって数日後のホームステイ開始日、バングラメンバーほぼ全員がダウン。
下痢と吐き気と熱で二日間寝込む。
ちょっと辛いカレーを食べてるせいか、おしりから出しても口から出してもどっちでも辛いのがこれまた大変。しかも容赦なくおそってくる蚊の大群。

二日後みんなにあうと、心なしか体全体が薄っぺらくなってた。


油っぽいカレーとか揚げ物とか毎日食べてりゃそらお腹も壊すという話だ。
寝込んでいる最中はカレーのにおいがしただけで吐き気がした。
もうすでに日本のご飯が恋しいっす。

でもバングラのチャはおいしい。

1.15.2007

新聞に載る


Independentの現地版にカラーで載った。
"New Group of JOCVs Arrives"


記事より写真の方がでかい。

誕生日



サプライズ計画を事前に知ってしまうという失態を犯したものの、同期のメンバーに誕生日を祝ってもらって、とでも幸せでした。

すばらしいプレゼントたちとおいしいケーキありがとう。
ドアあけてごめん。

1.14.2007

バングラ到着


非常事態宣言と夜間外出禁止令が発令されたという噂のバングラデシュに、ちょっとビビリながらもとうちゃく。
バングラは意外に都会。


危ないと思っていたバングラも、今は隊員ハウスにいるのでとても安全。
一日目は歓迎会があって、ビールをたらふくいただく。イスラムでも、隊員ハウスでは飲めるらしい、ありがたや。そして、やっぱカレー(トルカリ)でした。とてもおいしい、ちょっとからいけど。

二日目は買い物。
町にはリキシャがいっぱい、そしてけんかみたいに言い合ってる人がたくさん。あれが日常会話なのか…
それと、外国人がとてもすくないので、町を歩くとクリンクリンの長いまつげを持った黒い目でじーーっと見つめられる、「なんだこの人」みたいな目で。
そのままの顔で見続ける人もあれば、にやーっと笑う人もいるし、握手を求めてくる人も。

でもまだベンガル語が全然わからないので、あんまりコミュニケーションはとれてない。
これから10日間の語学訓練で、なんとか少しはわかるようになりたいと思います。


そういえば今日が26才の誕生日

ハッピーバースデー トゥー ミー!

1.11.2007

いってきます



それでは2年ほどカレーと人混みと洪水の国に行ってきます。

ボランティアに行くというよりも、やっと就職できた思いです。
後発ですが、みんなに追いつけるぐらいがんばって働いてきます。

それではまた。

1.01.2007

2007年



2007年のテーマ

  • 明日できることは明日
    今日は今日しかできないことを





  • 今年から二年間少し離れた異国に赴きますが、
    これからも変わらぬご愛顧をどうぞよろしく。