Kate*さんのブログにもかいてあったけど、安倍さんは所信表明演説の時カタカナ語を
「カントリー・アイデンティティー」、すなわち、わが国の理念、目指すべき方向
みたいに、けっこう多く使ってはりました。
カタカナのコトバ(外来語の)は新しいアイディアを輸入する重要な役割があるので、基本的に悪いコトじゃないと思う。
アイデンティティを「自己同一性」と漢字で訳したとしてもその意味はよくわからないと思うし、アルファベットを使う言語のように、漢字を使わなくても意味はわかる。視覚的な情報を介さずに、音のつながり(カタカナ)と意味を直結させて日本語に入れるというのもいいことだと思う。
漢語にはない音のつながりが多いから、耳で聞くぶんには他のコトバとの混同も少なそうだし。
例えば
「カントリーアイデンティティ」という言葉が持つイメージや意味が
「国の理念」とか「国が目指すべき方向」とかといった意味を含んでいるんだったら、わざわざそう説明するより一つの単語のつながりで言えるからそっちの方がラクだし、発話者のアイデアを率直に表現することができる。
さらにその言葉が、あるいみ文脈から浮くコトによって(外来語だし)それを利用してインパクトを強めることができる。(意味が薄れてしまってわけがわからなくなることもよくあるけど)
安倍さんの演説でのカタカナ語の特徴的な使われ方は、小泉さんの時と一緒でキャッチフレーズに多いように思われる。
「カントリーアイデンティティ」
「アジア・ゲートウェイ構想」
「再チャレンジ支援策」
国と地方の基礎的な財政収支「プライマリー・バランス」
「道州制ビジョン」
「人生のリスクに対するセーフティーネット」
「子育てフレンドリーな社会」
「ライブ・トーク官邸」
ザッとこんなところ。
「ライブトーク官邸」ってだれかのトークショーみたいな名前だ。あと、普通の日本語話者として「フレンドリー」はトモダチいっぱいでにこにこしてるというイメージなのだけど、ココでの意味は「子育てに対してフレンドリー」ってことですよね。ちがう?
キャッチフレーズに外来語が多いのは、現代日本社会の特徴だし、大衆にアピールするねらいがあったんだろう。
ただ、英語を会話に混ぜるということは、肯定的に捉える英語カッコイイor新しい的な大衆意識も多分に存在するという反面、
昔の漢語みたいにインテリの象徴に感じたり、今までと違う新しいコトバだけに、それを煙たく感じる人も多いのではないかとも思う。
個人的には「子育てフレンドリー」と「ライブトーク官邸」、それと「カントリーアイデンティティ」のカントリーが微妙だと思う。