neji

生存報告

8.26.2005

デパート

Photoshop7.0 $5
Windows xp professsional $2

カンボジアで一番大きいと思われるデパート(スーパーかも)の値段。

はて…

8.24.2005

ANKOR

アンコールワット!

どういうわけかカンボジアという国に縁があり、これで三回目。
初めてきたときほどの感動はないにしても、荘厳な造りに圧倒されます。
すべてのtemplesは石で出来ていてカンボジアの平らな土地にどかーんと立っている。

アンコールワットの遺跡群をめぐっているとクメール人(カンボジアの人たち)が彼らの国を誇る理由が良く分かる。こんなモノどうやって造ったんだろうと思うほどでかい。そしてカッコイイ。
ポルポト時代や周囲の国々との戦いなど、暗い歴史はあるものの、クメール人はみんなこの国にすごーーーーく誇りを持っている。
彼らと話をすると「むかしはこの国はこんなにおおきかったんだぞ」とみなさん口をそろえて言うみたいです。
この前見に行ったカンボジア伝統のダンスもほとんどが若い人たち。カンボジアに来てから彼らが伝統というものをとてもたいせつにしているんんだなーということを感じます。

太古から続く歴史と現在が強くつながっているような感覚をもちました。

なんだかとてもうらやましい。

8.16.2005

FROM PHNOM PHEN

カンボジアの首都、プノンペンに到着

この原付の多さはなんなんだろう。
ふと外を見ればとりあえず原付。後ろを見れば原付。また原付。
車の数より圧倒的に多い。でもたまに走っている車がレクサスとかベンツだったりする。
貧富の差がものすごーくはげしい様です。

本日はセントラルマーケットにいってお買い物。カンボジア人の友達がガイドをしてくれるのでとても楽しい。見慣れないフルーツをたくさんいただいてみました。
ココナッツのカキ氷がいちばんグッド。

8.15.2005

Here Goes Again.....

You won't believe what happened just now in the bathroom

I am now in Kuala Lumpur international airport with my Cambodian friend waiting for the next airplane.
This 18 hours transit is the longest one in my life.
Now it is 4:40 AM and we have 4 hours more.

I was sleeping up until now, and I went to bathroom. When I was washing my hands a Malasian guy started to talk to me. He looked like an Indian and had a red point on his face.
First he asked to me some question like..
"Where are you from?"
"Who are you coming with? Family?"

and He said.
"Your face is beautiful"
....!? what?
I kinda felt weird but answered "Oh thanx"


Then he said
"Im GAY"

Me:"Oh.. OK"

and he said..
"DO YOU WANNA HAVE SEX WITH ME?"

.......OH NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO! Absolutely NO!
I immediately went out the bathroom thinking "why this happens to me all the time?"

To be honest this isn't my first experience to be taken as a girly boy or a gay .I got this a lot in Thailand. I dunno why but ppl around here think my kind of face as that kind of gay person....I was so shocked.

You too, Malasia!

8.13.2005

いーかも

青年海外協力隊の試験が「登録」という微妙な結果になったので、はたして登録とは何なのか協力隊OBのMMさんに聞いてみた。

「合格って事やね」とMさんはおっしゃる。
合格だけど、私の希望と、派遣先のマッチングが出来なかったから登録という形になったらしい。
秋募集までによい派遣先からの要請があれば合格になる可能性大ということのようだ。
結局オファーがなくて不合格扱いになる人もいるらしいけど…

するとこれはヘタに希望しない地域に飛ばされるよりも全然いいかも
私の希望は、海のある暖かいところ+大学レベルの教育機関で日本語を教えること。
今回の派遣要請ではパラオとフィジーの二つしかなかったけど、次の募集の時にはもっとたくさんあるはず!と知り合いの方もいってたし。トンガとか、ミクロネシアとかね

どこに派遣されてもいいけど、どうせ行くなら希望地の方がいい。
山と砂漠よりは海と緑が好き。

ということで、けっこういーかもと思い始めた土曜日でした。

中途半端

さてあしたからカンボジアに行くわけだが用意が全く終わっていない、というかし始めなければ。

そんなこんなで朝起きて、新聞を読んでたわけですよ。
うわぁ、またJALがトラブルやん… 火ぃ吹いてるでぇ。M君(JAL内定)におとがめのメールでもしようかなと思っていた矢先、家の前に何やら車が到着したわけです。

「ピーンポーン」
はいはいーと母が出て行く。
「速達でーす」
うう…来たね不合格者通知が…。ネットでは昨日発表だが、郵送は今日。
合格者達はこの速達によって今後二年の運命が決定するくじ引きのような速達やけど不合格者にはただの紙。
だけど、「はいーきたわよー」と手渡された封筒は、なぜかちょっと厚い。

「あれっ…」とここでふと疑問が…
たしか不合格は普通郵便で来るんじゃなかったっけー?ちがったかなー…
封筒も何やら厚いし…





… ってないないないない。
合格なんて事はない。自分昨日さんざんチェックしたやん!期待してもアカンで

と少しの疑念を持ちつつピリピリと破ってみるわけです。
すると色々な書類が入っているわけです。
そこで問題の書類を発見!

It says…
「平成17年度春募集二次選考結果について
  あなたは総合的に見て、ほぼ合格の水準に達していましたが、派遣国からの要請との関係で登録になりましたので、通知します…」

「…」

ふむ。どうやら "ほぼ" 合格らしい。 ほぼ…
なんだーこの中途半端な感じはー
ほぼ合格なんやけど、要請との関係で登録になったということか?
登録になると
1、登録者リストを見た他の国から私自身にオファーが来て派遣されるオファー合格
2、合格者が辞退した際の繰り上げ合格
3、次募集、次々募集の一次選考免除

こんな感じの事が起こるらしい。

ということで…
平成17年度春募集二次選考結果は「落選」ではなく

「登録!」

なんじゃそれ!



ね子の一句
「海岸や 突入したら 淡路島」
講評
どうやらね子は明石海峡大橋を渡らずに、泳いで淡路島まで行ったようです。

8.12.2005

ガーン

今日は協力隊の試験結果発表の日。


昨日は海に行ってたので、死んだように眠り、起きたのは昼前。
「おお、試験や試験や、発表や」と思い、眠い目を必死に開けておもむろにJICAのHPをひらく。

するとありました。二次試験合格者番号発表のページ。
そこにはズラーーーーっと番号が並んでる。

さてさてワタシの番号はどこに…











あれ?
ないや



ということで青年海外協力隊17年度春募集、結果は落選です。

もしや番号間違ってたかな…と思って調べなおしてみるも、番号は覚えていたとおり。もしかして見逃してるのではと思いもう一度探してみるも結果は同じ。
ガーン…確認するんじゃなかった 
受かるつもりだったのでいたのでちょっとショック!


ちなみに同じ大学から受けていた他の二人も落ちてました。
試験の時ワタシの横に座ってた人は合格した様子で、連絡してみたら派遣先はウズベキスタンかもしれないとのこと。 合格者は受かってからどこに派遣されるのかを知るので、もう一回ドキドキが待っている。
うらやましいぞ


今回の試験ではたくさんの人に応援してもらって、とても励みになりました。
かけてもらった色々な言葉がとても嬉しかったです。ありがとうございました


まー次だね、次。
次受けたら受かる気がするので、次がんばります。


試験も落ちたので、ワタシはしばらくカンボジアに行ってきます。九月からの忙しい日々のための心の充電をしてこよう。

8.11.2005

淡路島

淡路島のビーチへ行ってきました。
途中の明石海峡大橋の前でパチリ。














田舎モノのワタシはこんなにおおきいモノを人間が作れるんだということにただ感動。
友達曰く「巨人がレゴをするみたいに作ったとしか考えられない」。
↑激しく同意。

明石海峡大橋の大きさに対する感動は、ハワイでクジラを見たときの感動に少しにてました。
「おっきくてきれい」という感じ。
建造物の無機質な感じが海と海岸とやけにマッチしていてよかったです。



その後ビーチに行ってBBQしたりフリスビーしたり… そしてせっかく買ったのにスイカ割りをするのを忘れたり。
最近BBQばっかりしてるせいか、BBQの料理バリエーションが増えてきた。
キノコ類をホイルに包んで塩こしょう、チーズとバターをいれてからホイル焼きというのが最近のお気に入り。
ワタシの中ではマイタケが一番マシッソヨ。

8.08.2005

パチパチ花火

花火大会@琵琶湖

今年も地元の花火大会に行く。
有休を使い地元に帰ってきた友達が昼間から場所をとってくれたので、花火が目の前から上がるよい場所から観覧。


どーん!












どかーん



















………













今年も綺麗でした。

hair cut

「髪伸びた」


シャワーを浴びていてふと気づく。なんだか髪の毛がもさもさーっとしている。
基本的に髪の毛の量が多い人間なので、ちょっと伸びるとモサモサーっと、うっそうと生い茂った雑草のようなボリューム感たっぷりの髪の毛ができあがってしまう人である。
学部時代、友達に「ヘルメットみたい」といわれるぐらいの髪の毛。夏本番を迎えるにあたって、頭がモサモサでは雰囲気が出ない。

そんなこんなで、おもむろに洗面所からすきバサミを取り出してシャワーを浴びながらサイドとバックをザクザクザクザク…
ワタシの髪の毛は変に多すぎるので、適当にザクザク切っても致命的なミスにいたらずにすむため、幸い坊主にしなければいけないようなミスは起こっていない。だから後ろの髪の毛も適当に手触りで切る。
今回はなかなかの切りっぷり。ここ最近で一番の出来だと思う。

これで、来たる琵琶湖大花火大会(明日開催)も気持ちよく迎えられそう。

8.05.2005

バトンがきたので


最近はやりのmixiを使ってみている。
social network site といわれるものらしく、ネット上でコミュニティーを作ることが出来るみたい。

ニュースによるとメンバーが最近100万人を越えたらしい。仙台に住む人が100万人と考えると結構な数の人たちが加入してはるんやなと…なんしか招待状がないとmixiに入れないらしく自分も友達から招待状をいただいた次第です。

mixiは本名で登録して下さいという注意書きがあったり、自分の写真を載せてる人が多かったり、友達の友達→その友達とどこまでもたどっていけたりする。匿名性を薄くした上で、人のつながりをネット上でも見いだすという所がウリなのか。

でも、ちょっとコワい。
なんか全然知らない人にも "カモン!" といえるほどopenな自分ではないし、みなさん友達になりましょーと、見ず知らずの人間とつながりを作る気もない。
実際社会での微妙な人間関係の構築が、ネットでは操作しにくいような感覚がある。ちょっと距離を置きたい人とか全く知らない人が自分の領域に入ってくると思うとちょっとしりごみ。
とりあえず、顔見知りの領域で使ってみます。


それはそうと、招待してくれた友達からバトンなるものを頂いたので流れで答えてみます。質問は書かないルールらしい。

■Q1■
リズムが合う人。感覚が大事。

■Q2■
5:5、というか見た目と性格とは別々に分けられるものじゃない。他にも色んな要素が集まった全体として感じるものだと思う。

■Q3■
朝から一緒に海に行ってサーフィン。昼ぐらいに寝て、夕方また海はいる。
それか一日中二人でだらだら過ごすのが今は理想。

■Q4■
カラオケは行かないと思う。

■Q5■
パス。状況によると思います。

■Q6■
基本的に自分の家で寝たい。

■Q7■
自分から言いました。

■Q8■
2回行ったことあるけど全然おもしろくなかったのでもう行きたくない。

■Q9■
いる。

■Q10■
mixiには全く生息してない。

*最後の質問*この世にしたい最後のことは? 
No idea. それまでやってきた経験、知識で人間は作られると思うから、「いつ死んでもいい」とおもえるおじいさんになってるのが夢。

8.04.2005

テレビ

食後、NHKハイビジョン特集「カウラの大脱走」をみる。


 1944年8月5日午前2時、オーストラリア東南部の戦争捕虜収容所から、1100人の日本人捕虜が脱走を企てた。死者は自決を含め230人、ほとんどはとらえられた。カウラ捕虜収容所では、ジュネーブ条約が守られ、捕虜たちの待遇は良く、スポーツもできたという。
 にもかかわらず、彼らはなぜ脱走を企てたのか。生き延びた人たちの証言から、収容所で話し合いが重ねられ、そのうちに、生きて辱めを受けるべきではないという声が支配的となり、最終的には、投票によって、大脱走が決定された経緯が明らかになった。
 番組では、戦後60年にして初めて口を開いた人たちの証言などをもとに、大脱走が計画され実行される過程をつぶさに検証し、オーストラリア軍を驚がくさせた大脱走の真実に迫る。


「生きて虜囚の辱めを受けず」
戦争中この言葉が、私の想像を遙かに超えるぐらい日本兵の精神の奥深く浸透してたことにものすごく驚きを感じました。
彼ら曰く
「その当時の命の価値は今と比べられないほど軽かった。」らしく、脱走を試みた目的が "生きるため" じゃなくて "死ぬため"だったらしい。

唖然である。死ぬための脱走なんて聞いたことない。

「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦時訓の精神に基づいて、全員で「生」か「死」の投票をして、「死」に決めたらしい。捕虜という身分から逃げ出すために死を選ぶ、私にはとうてい理解できない考えだけに彼らが真剣にそう思ってたことが衝撃的でした。しかも全員で同じ行動に出るなんて…

日本人の精神にふかくからみついていた「生きて虜囚の辱めを受けず」という宇宙観。この言葉の拘束力は信じられないくらい強かったんだなと思う。

そして、この事件から、日本人の性格やメンタリティーがすごーく透けて見えた気がする。
R.ベネディクト、土居健郎、作田啓一とかウォルフレンとかが言ってる日本人論は色々あるけど、私はあんまりそういうのを信じないようにしてきた。言ってることには、まさしくそうだなぁと同感するけど、日本人みんなに当てはまるものじゃなかったからなのですが、カウラの脱走劇はまさしく日本人の「同質化の倫理」みたいなものがハッキリと感じられました。

「死にたくないとは思ったけど、投票の際には私やっぱり"死"とかきましたもん」
この言葉はスゴイと思う。だって自分の生死に対する感情を上回る精神の働きがあったって事だから。戦時訓が精神に刻みつけられて感情を抑えてる。
しかもその投票で、多数決で全員の生死を決定するなんて…。
民主主義的な残酷さの究極を見た気分です。

8.03.2005

海に行く

サルスベリの花が咲く八月、大学は夏休みに突入です。
大学院生活も残すところ後半年。修士以上に行くよていは全くないのでコレが最後の夏休みです。
学生最後の夏休み。遊びたいところですが院生最後の仕事、リサーチペーパーを書かなくてはならない。

でも最後の夏休み… いや最後の勉強の機会… いや…

と、頭の中では葛藤があり悪魔と天使が戦っていますが、やはり何事もバランスが大切。ということで海に行ってきました。

じゃーん、福井の海。波がありません。












海に飛び込んで、BBQして、食べて飲んで、フリスビーして、スイカ割りをして帰りました。
平日に海にいけるのは今年で最後なのかも。


割れたスイカを手づかみで食べるの図

8.02.2005

スーツ

日本語学校で面接を受ける。
アメリカの大学生のインターンシッププログラム委託講師みたいなのんの求人が研究科に届いたらしく、先生方が相談した結果"住んでいるところが近いから"という理由で私に白羽の矢が立ったらしい。日本語学校が委託されているプログラムらしく、大学生達はこのプログラムで単位を取得するから、日本語の授業もしっかりしなければいけないみたいです。
 本日は校長先生と担当の先生と3人で小一時間ぐらいのお話がありました。内容はとるに足らないものでしたが、話が進むのが早く、あれよあれよという間に私の九月の仕事スケジュールが組まれていきました。 あー、どうやら採用の方向であると終わってから気づきました。


それはそうと、その後スーツを着たまま学校にいくと、ふだんカジュアルな服装をしている私がスーツを着てきたので周りの反応が激しかったです。

「…一番白シャツを着そうにない人が…」
「こどもみたい」
「高校生みたい」

と、ひどい言われようでした。

しかもネクタイの結びがオカシイと言われ、シンガポーリアンがネクタイの結び方講座を開きはじめ、みんなが見てる前でネクタイの結び方をお勉強。成人式の前にお父さんにネクタイの結び方を習う息子のようでした(写真までとられる)
今日の研究室ではスーツを着ていったために、ものすごく子供な扱いを受けてしまいました。
そのうちみなさんの目が慣れてくれることを願う。